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新学期の研究室

旧暦の新年を祝う春節休暇を大学の規定通りの6週間の休みを取るけれど、夏休みは3-4週間にして研究に励もうというのが私たちの研究室だった。しかし今年は私の体調が悪く規定の6週間どころかそれよりも2週も長い夏休みを終えて瀋陽に戻ってきた。

9月12日の瀋陽の最高気温は23度で、見上げると思ったよりも青くてきれいな空である。懐かしい瀋陽だ。

この時期はもう大学は始まっている。研究室ではいつものように休み明けよりも前に学生が休暇から戻ってきて研究を始めている。博士課程の学生のひとりは、瀋陽在住と言うこともあって休みを取らずにがんがんと仕事をしていたようだ。

中国南方航空のCZ628便で瀋陽桃仙空港到着は午後3時半である。5月6月はインフルエンザの厳戒態勢を敷いていた。飛行機を空港の端に止めたまま非接触型の体温計で体温を測り、もしおかしいと、当人とその周辺の座席の乗客は強制入院という運びだったそうだ。

しかし今回はそんなこともなく、入国管理と荷物のピックアップが簡単にすんで外に出たのは4時前だった。

いつものように迎えに出ているはずの徐寧さんを探したがいない、どうしたものかと思っていると「山形先生?」と若いお嬢さんに声をかけられた。「?」 と見つめると、「薬科大学から私がお迎えです」と英語で言う。

そういえば国際交流処に9月から新人が入ると聞いていたっけ。それまではボスである処長(高名な教授で、もちろん自分の研究室と、学長補佐として大学の切り盛りで忙しい)のほかには徐寧さんという若い結婚したばかりの女性しかいなかったのだ。

「ああ、あなたが新人なのですね。山形です、どうかよろしく。あなたのお名前は何ですか?」「葛丹丹です」

「きれいな名前ですね。それにしてもどうして私のことが分かったのですか?」と訊くと、「先生のことは大学では誰でも知っていますよ」と言うことだった。

中国語が全く分からないトンチキな先生として皆が知っているということだろうか。どこかで具合の悪いことを誰かに見られていなかったかどうか、今までのやましいことが一瞬で脳裡を駈ける。

研究室のある建物の下に着くと、5人のお嬢さんたちが玄関までで迎えに出てくれた。嵐嵐、暁艶、澄澄、笑笑、朱瞳さんである。都合で来られなかったという王月さんを加えた六人が今期の私たちの研究室の院生だ。6年前の研究室の発足当時の人口に戻った感がある。

9月10日は教師節の祝日である。その日には友人の教授から二つの花束が届いたそうだ。もちろん、E-mailでそれを知らされてこちらも花束を送り返した。研究室について土産のお菓子を出すと、学生が、いえ、それよりもお菓子があるのです、という。何かと思うと、教師節の日に学生が不在だった私と妻のために、お菓子を買っておいてあるのだという。

日本のお菓子なのですよと学生は興奮気味である。冷蔵庫から彼女たちが出してきたものをみると、日本の生菓子なのだ。「えっ、日本のものが売っているの?」と思わず叫ぶと、「いえ、ここで作って売っているのですよ、太原街で見つけました」

「太原街には伊勢丹があるじゃない?」というと「いえ、別のところです、笑笑ちゃんが見つけたのですよ」と言うことだった。

大きさは日本の、桜餅、大福、うぐいす餅などと同程度で、私は桃山風のお菓子を戴いたが、美味しい。日本風である。昨年書いたことがあるが、この手の腐りやすい生菓子は中国に存在しなかったのだ。それが、今はこうして食べられる。

彼女たちに会い、研究室にいるとそれまでの長い休みですっかりだれていた心がしゃんと引き締まった。私は瀋陽が好きだ。薬科大学が好きだ。研究室が好きだ。学生が大好きだ。ここに戻って来られて良かった。
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Author:tcyamagata
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